研究論文Breaking the Alibi of Dialectic: Luke’s Placement of Paul’s Dialectic in his Acts中、パウロにのみ述定されるδιαλέγομαιという活動の解釈について、「弁証術的対話」と解釈する根拠としてのテキスト内部の証言を提示する。使徒言行録17章2-3節を、もの語りにおける語りを節約する様式として、14章を圧縮したものと、また更に、14章は13章を圧縮したものと推及し、基となるその13章はパウロとバルナバ対ユダヤ人の、パウロの説教を基点にする数週にわたる論戦である事に基づき、17章2-3節は弁証術的対話の圧縮記述であることを論ずる。また、それ以降の、διαλέγομαιは、今度は、17章2-3節に推級される句であることを論ずる。以上より、使徒言行録においてパウロについて述定されるδιαλέγομαιという活動は、弁証術的相互作用の場であることを結論する。