フランク・ポーク ウッドロー・ウィルソン政権における先駆的『アメリカ外交政策エスタブリッシュメント』の一人として
フランク・ライオン・ポークは、国務次官、パリ講和会議全権委員等を歴任し、外交問題評議会の創設に尽力した人物である。彼の半生からは、内戦後富が集中する北東部に集まってきた南部出身の民主党員たちが、階級上昇の手段として、英独を模範とする国家効率運動に傾倒・献身していったかが伺える。ここに、1920年代以降の民主党が外交政策の路線を国際主義へと転換し、国際主義者が超党派勢力としての基盤を固めていく遠因を見出すことができる。pp.45-56
『社会システム研究』第14号